絲山 秋子 『海の仙人』

ginsberg2006-01-29

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
糸山 秋子
1966年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。メーカーに入社、営業職として福岡、名古屋、高崎などに赴任。2001年、退職。2003年、「イッツ・オンリー・トーク」で第96回文学界新人賞を受賞。同作品は第129回芥川賞候補となる。2004年、「袋小路の男」で第30回川端康成文学賞を受賞。「海の仙人」で第130回芥川賞候補(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

 

 登場人物の誰もが、それぞれ一方通行の想いや家族との不仲といった、他者との関わりを通じて日常に差し挟まれる「孤独」を抱えており、更に主人公に至っては、近親相姦のトラウマや、恋人の死といった重圧感のある「孤独」でさえも抱えている。そんな「孤独」の物語を自称「ファンタジー」の神と、柔らかな風景描写は、奇妙なまでに爽やかで、優しさを帯びた空気で包んでしまうのだが、これは決して本来受けるべき孤独からの逃避や孤独の軽視を意味するものではない。胸を締め付けられるような読後感が残ることからも明らかだが、この感情はまるで唐突にどこか知らない場所へと一人放置されてしまったかの様な、まさに「孤独感」そのものですらあるような気がするのだ。
 人々の行き違いは行き違いのままで意地悪く物語はすっと終わりを迎えている。希望の見えかけたラストですら、主人公が生涯3度目の不慮の落雷被害に遭うであろうと予測させるが、これは孤独の連鎖がエンドレスに続いていくことを予感させており、つまりところ、作者は「孤独」を優しさという技法で包み隠すようにしながら、じわじわとより強調し露呈させているのだと思う。

(補足:神でありながら大したことが出来ないと「ファンタジー」は言うが、彼は明らかに死神である。絶滅種の元へと光臨し続ける彼は、存在自体がすべきことそのものであるが、この優しい物語の中では、「死神」とは呼ばれない。)